「お前の声は、ここでは武器になる」― 誠実であろうとしたナイジェリア人青年が日本で流した涙

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著者 NIHONGO-AI

AIエンジニア/日本語教師

2026/2/20

「お前の声は、ここでは武器になる」― 誠実であろうとしたナイジェリア人青年が日本で流した涙

「お前の声は、ここでは武器になる」― 誠実であろうとしたナイジェリア人青年が日本で流した涙

はじめに:父の教え

「エメカ、男なら堂々と話せ。大きな声は、お前が嘘をついていない証拠だ。相手の目をしっかり見て、自分の真実を叩きつけるんだ」

ナイジェリアの活気あふれる街で育ったエメカ(仮名)にとって、父親のこの言葉は人生の北極星でした。西アフリカの文化において、力強い発声と揺るぎない視線は、信頼に値する人間であることの証明です。彼はその教えを胸に、夢を抱いて日本へやってきました。

しかし、その「誠実さ」が、日本では「凶器」に変わってしまうことを、当時の彼はまだ知りませんでした。日本語教師として彼の傍にいた私は、彼がその力強い声のせいで孤立していく姿を、ただ見守ることしかできない時期がありました。

灰色の壁:日本での孤立

エメカは非常に勉強家でした。敬語も熱心に覚え、職場でも完璧な日本語を使おうと努力していました。しかし、彼が一生懸命になればなるほど、周囲との間に「目に見えない灰色の壁」が築かれていきました。

ある日のプレゼンでのことです。彼は自分のプロジェクトの素晴らしさを伝えようと、父の教え通り、大きな声で、身振り手振りを交えて熱く語りました。

【会議での一幕】
エメカ:「このプランは絶対に成功します!私を信じてください!」(机を叩き、上司の目を力強く見つめる)
上司:「……あ、ああ。分かったから、まず落ち着いて。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか」

エメカは凍りつきました。怒鳴ってなどいない。自分はただ、最大級の誠実さを見せただけなのに。

また別の日は、コンビニでのトラブルでした。

【コンビニでのやり取り】
エメカ:「すみません、お釣りが違います。確認してください!」
店員:「(震える声で)す、すぐに確認します……申し訳ありません……」

エメカは、店員が自分を恐ろしい怪物でも見るかのような目で見たことに、深いショックを受けました。「丁寧な言葉を使っているのに、なぜ?」「自分はそんなに悪い人間に見えるのか?」

彼は私の前で、大粒の涙を流しました。その肩は、ナイジェリアの父が誇ったたくましさを失い、小さく震えていました。

誠実さの定義の「ズレ」

ここで、エメカが陥った誤解の正体を整理してみましょう。

項目ナイジェリアでの「誠実」日本での「誠実」
声のボリューム80〜100db(情熱・真実)40〜60db(冷静・配慮)
アイコンタクト100%逸らさない(正直さ)50%程度。適度に外す(謙虚)
エネルギー放射・拡大(自信)抑制・凝縮(調和)

日本において、彼の情熱的なデシベルは、相手の「安全領域」を破壊する攻撃として認識されてしまったのです。


小さな居酒屋での気づき

ある晩、私はエメカを学校の近くにある古びた居酒屋に誘いました。カウンターだけの、静かな店です。そこで私たちは、言葉少なに料理を作る店主の姿を見つめていました。

店主は、客から注文を受けても「はい」と短く、小さな声で答えるだけ。しかし、その包丁さばき、器を置く丁寧さ、そして客のコップが空きそうになると、何も言わずにスッと冷えたお茶を出す動き。そこには、エメカが知っている「大きな声の誠実さ」とは全く違う、**「静かな誠実さ」**が流れていました。

その時、一人の酔った客が店主に話しかけました。「マスター、今日も旨いよ」。店主は照れたように、わずかに口角を上げ、深く、深く頭を下げました。

エメカはその光景をじっと見て、呟きました。 「先生……あの人は何も言わないのに、とても優しくて、嘘がないように見えます」

私は答えました。「エメカ、日本では『伝える』とは音を大きくすることじゃないんだ。相手の耳元に、そっと『優しさ』を置くことなんだよ」

「パワー」を「優しさ」にパッケージする

その夜から、エメカの挑戦が始まりました。彼は自分の持っている巨大な「パワー」を捨てるのではなく、日本という市場に合わせて「パッケージ」し直すことにしたのです。

数週間後、彼は私に報告してくれました。

【変化の瞬間:職場にて】
同僚:「エメカさん、この前の資料、助かりました」
エメカ:(大声で叫びたいのをこらえ、一呼吸置いてから)
「……いえ。お役に立てて、嬉しいです」(少しだけ頭を下げ、穏やかに微笑む)
同僚:「(驚いた顔をして)ああ、エメカさんって、本当はすごく優しい人なんですね」

エメカはこの時、初めて日本人の本当の笑顔を見た気がした、と語ってくれました。


あなたの「熱意」を正しく届けるために

エメカのように、日本で「威圧感がある」と言われて悩んでいるあなたへ。あなたの熱意は素晴らしい宝物です。ただ、その宝物を包む「包装紙」を、少しだけ日本流に変えてみましょう。

今日からできる3つのステップ

  1. 話す前に、一度深く息を吐く 自分のエネルギーが高まっていると感じたら、肺の中の空気をすべて吐き出してください。それだけで、声の「刺」が取れ、デシベルが自然に30%下がります。
  1. 「柔らかい視線」を試す 相手の目をレーザービームのように見つめるのはやめましょう。相手の喉元や、ネクタイの結び目あたりをぼんやり見るイメージです。大切なことを言う時だけ、1秒だけ目を合わせる。これで「威圧」が「誠実な眼差し」に変わります。
  1. 語尾を「置いて」くる 「〜です!」「〜ます!」と語尾を強く叩きつけるのではなく、最後の一音をふっと消え入るように、テーブルにそっと置くように発音してみてください。

実践例10選:シーン別調整術

  1. 挨拶: 「おはようございます!」(全力)→「おはようございます……」(少し語尾を伸ばし、会釈を加える)
  2. 感謝: 「ありがとうございます!」(大声)→(無言で深く3秒頭を下げてから)「ありがとうございます」
  3. 謝罪: 「すみませんでした!」(叫ぶ)→「申し訳ございません……」(視線を落とし、小さな声で)
  4. 質問: 「これは何ですか?」(身を乗り出す)→「失礼ですが、これは何でしょうか?」(クッション言葉を使い、半歩下がる)
  5. 同意: 「そうです!」(強く頷く)→「ええ、おっしゃる通りです」(ゆっくり3回頷く)
  6. 断る: 「できません!」(即答)→「少し、難しいかもしれません……」(眉を下げて困った顔をする)
  7. 電車で席を譲る: 「座ってください!」(威圧的)→(軽く手を差し出し、視線を外しながら)「どうぞ」
  8. 意見を言う: 「私はこう思います!」(断定)→「私は、このように考えているのですが……」(語尾を濁す)
  9. 注文する: 「これください!」(指差す)→「これをお願いできますか?」(手のひらで指し示す)
  10. 相槌: 「Wow! 本当に?」(大声)→「へぇ〜、そうなんですね」(穏やかなトーンで)

まとめ:あなたの声は、愛になる

エメカはいま、職場で「最も頼りになる、穏やかなリーダー」として慕われています。彼は父の教えを捨てたわけではありません。**「堂々と、嘘をつかずに、相手を想って話す」**という父の教えの本質を、日本流の「静寂」という形で表現できるようになったのです。

日本でのコミュニケーションに戸惑い、涙を流しているあなたに伝えたい。あなたの声は、決して凶器ではありません。使い方ひとつで、人を包み込み、安心させる最高の「愛」の道具になります。

まずは今日、誰かに挨拶する時に、一呼吸置いてから、少しだけ小さな声で「おはようございます」と言ってみませんか?

そこから、あなたの新しい世界が開けるはずです。

今日の実践チェックリスト

  • 話す前に深呼吸をしたか?
  • 視線を相手の首元に置いたか?
  • 語尾を優しく「置く」ことができたか?

あなたの歩む道が、静かで確かな信頼に満ちたものになることを、心から願っています。

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著者

NIHONGO-AI

NIHONGO-AI

AIエンジニア/日本語教師

慶應文学部・台湾大学院情報工学科修了。日本語教師を経て外資大手AIエンジニアへ。5ヶ国語習得と異文化適応で培った知見を凝縮。言語x文化x教育xAIの専門性を活かし「言葉と文化を一体として学べる場」の提供に全力を注いでいます。

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