
あなたは、日本の電車に乗った時、 その「しずかさ」におどろいたことはありませんか?
何百人もの人が一つの箱に入っているのに、 まるでお葬式のようにしずかな空間。 わたしは日本に来たばかりのころ、 このしずかさがこわくてしかたがありませんでした。 「日本人はつめたい」「みんな怒っているみたいだ」 ——そう思って、東京の電車がきらいになりそうでした。
しかし、ある雨の日のまんいん電車での出来事が、 わたしの考えを180度変えてくれました。 それは、ただの「ルールのおしつけ」だと思っていたマナーの後ろに、 本当はとてもあたたかい「だれかへの愛」がかくされていることに 気づいた時でした。
この記事では、わたしが日本で「とうめい人間」になるまでの話を通じて、 以下の3つのポイントをお伝えします。
日本のルールにくるしさを感じているあなたへ。 この記事を読み終わるころには、 まんいん電車の景色が少しだけちがって見えるはずです。
日本に来たばかりのわたしは、 電車の中こそ「友だちと楽しくおしゃべりする場所」だと 信じていました。
ある日の午後、わたしは学校の友だちと電車に乗り、 週末の予定について話していました。 声はそんなに大きくなかったはずです。 でも、ふと気づくと、まわりの人の目がつめたかったのです。
ついに、前のせきにすわっていた年配の男の人が、 わたしの方を向いて短く「チッ」と舌打ちをしました。
「うるさいな……」
ボソッとつぶやかれたその一言に、わたしはこおりつきました。 はずかしさと怒りで顔が熱くなり、 その後の時間は、まるではりのむしろにすわっているような気分でした。 「日本人はどうしてこんなにきびしいんだろう?」と、 ひとりぼっちを感じずにはいられませんでした。
当時のわたしは、日本の公共の場所における「和(わ)」の大切さを ぜんぜんわかっていなかったのです。 日本では、個人の自由よりも「場のちょうわ」が大切にされます。 とくに電車のようなせまい空間では、 他の人の心のへいわをみだす行動は「めいわく」として きびしく見られます。 でも、当時のわたしはまだ、その「めいわく」という言葉の 深い意味を知りませんでした。
転機は、ひどくこんざつした朝のラッシュアワーにおとずれました。
わたしは大きなリュックをせおったまま、 むりやりまんいん電車に乗りこみました。 ゆれる車内。足元もふあんていで、 電車がカーブにさしかかった時、 わたしのリュックが後ろにいた女の人に強くおしつけられました。
「あ……」
彼女はいたそうな顔をして一しゅん顔をしかめましたが、 文句一つ言わず、ただじっとたえていました。 わたしはあやまるタイミングもにがし、 もうしわけなさでいっぱいになりました。
その時です。わたしのとなりに立っていたビジネスマンが、 スッと自分のビジネスバッグを体の前にかかえ直しました。 そして、わたしに少しだけスペースをゆずるように、 自分の体を小さく丸めたのです。
ハッとしました。
彼は、自分がくるしくなることをえらんで、 知らないわたしとまわりの人のために「空間」を作ってくれたのです。 その時、わたしのせおっていたリュックが、 まわりの人にとってどれほどの「きけん」になっていたかを 強く感じました。
「ルールだから守るんじゃない。 となりにいるだれかをきずつけないために、自分を整えるんだ」
彼がリュックを前にかかえるすがたは、 まるで見えないかべからまわりの人を守るたてのように見えました。 日本人の「しずかさ」や「つつましさ」は、つめたさではなく、 きゅうきょくの「自分をぎせいにするやさしさ」だったのだと 気づかされたのです。
よく日から、わたしは彼のまねをすることに決めました。
まず、駅のホームで電車を待つ間に、 リュックをくるりと回してむねの前にかかえました。 いわゆる「前だっこ」です。 そして、スマホの設定をマナーモードにし、 イヤホンの音も少し小さくしました。
車内では、以下のような行動を心がけました。
すると、ふしぎな変化が起きました。
これまで感じていた「つきささるような目」が いっさい消えたのです。 わたしはまるで、電車の景色の一部になったような感じになりました。
それは「むしされている」のとはちがいます。 まわりの日本人たちと、同じリズムで呼吸し、 同じルールを共有しているという「一体感」です。 わたしが「とうめい人間」になった時、わたしは初めて、 このきびしい日本社会というコミュニティに 「仲間」として受け入れられたのだと感じました。
自分を消す(とうめいになる)ことは、 ひとりぼっちになることではありません。 それは、まわりの人々へのけいいを見せ、 ちょうわの中にとけこむための、 もっともせんれんされたコミュニケーションのわざだったのです。
さて、ここからはじつようてきなアドバイスです。 あなたが日本の電車で「とうめい人間(=心地よい同はん者)」になるための、 ぐたいてきなアクションリストをしょうかいします。
| 行動こうもく | NGパターン(ふかい感を与える) | OKパターン(ちょうわを保つ) | 理由 |
|---|---|---|---|
| にもつの持ち方 | 大きなリュックをせおったまま | むねの前にかかえるか、あみだなに置く | 他の人のスペースをうばわないため |
| すわり方 | 足を組んだり、大きく開く | ひざをとじ、足を手前に引く | 通路をかくほし、となりの人にはいりょ |
| ドアちかく | 乗り降りがあるのに動かない | 一度外に降りて道を作る | スムーズな乗り降りを助けるため |
| スマホ利用 | スピーカーで音楽や動画を流す | マナーモード+イヤホン | しずかさという「共有ざいさん」を守るため |
ここでは、わたしの学生たちからよく受けるしつもんを Q&Aけいしきでまとめました。
Q1: 「しずかにしなきゃいけないのはわかりますが、小声ならおしゃべりしてもいいですよね?」 A: じつは、まんいん電車においては「小声」もいがいとひびきます。とくに仕事でつかれている人が多い通勤時間たいは、話し声そのものを「プライバシーのしんがい」と感じる人もいます。きんきゅう時いがいは、会話をひかえるのがもっともぶなんで「日本てき」なはいりょです。
Q2: 「だれもわたしを助けてくれないし、つめたくむしされているように感じます」 A: 日本では「かんしんを持たないこと」が「相手の自由をそんちょうすること」になる場合があります。ジロジロ見ない、話しかけない、というのは、あなたに「一人の時間」をプレゼントしているというかいしゃくもできるのです。
Q3: 「どうしてもせきをゆずりたい時、どう声をかければいいですか?」 A: 「どうぞ」とだけ言って立ち上がるのが一番シンプルです。ことわられるのがこわい場合は、何も言わずにその場をはなれて、べつのドアへいどうしてみてください。相手に気を使わせずにせきをゆずることができますよ。
日本の電車がこれほどまでにしずかなのは、つめたいからではありません。
それは、今日一日をひっしに生き、つかれはてただれかのために、 みんなが「せいじゃくという名のやすらぎ」をプレゼントし合っているからです。 リュックを前にかかえるそのうでの形は、 知らないだれかをやさしくだきしめるのと同じ「愛」の形なのです。
「ルール」を、「自分を守り、他の人を守るためのちえ」だと とらえ直してみてください。
今日からできる3つのこと:
あなたもあしたから「とうめい人間」になってみませんか? そのちんもくの向こう側に、きっと日本人が大切にしてきた、 言葉にならないあたたかさが見えてくるはずです。

AIエンジニア/にほんごきょうし