
窓の外は、冷たい雨が降り続いていました。
「どうして私だけが怒られなきゃいけないの?」
数年前のある夕方、私はアルバイト先のコンビニの裏側で、一人で涙を拭っていました。日本に来て半年。日本語学校での成績は良く、文法も語彙も自信がありました。しかし、その日の私は、店長からの「まずは『すみません』だろう!」という言葉に、激しく心を乱されていたのです。
あなたは今、日本で生活していて「なぜ日本人はこんなに謝るの?」と不思議に思ったり、「自分が悪くないのに謝るのは嫌だ」と感じたりしたことはありませんか?
この記事では、私がかつて流した涙の理由と、そこから見つけた「すみません」という言葉の本当の正体についてお話しします。この記事を読めば、以下の3つのことが分かるようになります。
私がかつて経験した葛藤は、きっと今のあなたの悩みと繋がっているはずです。
あの日、私が遅刻したのは自分のせいではありませんでした。乗っていた電車が事故で止まり、20分も駅で足止めを食らったのです。
バイト先に着くなり、私は必死に状況を説明しました。 「店長、すみません。でも、電車が止まったんです。事故があったんです!」
しかし、店長の顔は晴れませんでした。 「……電車が止まったのは分かった。でも、まず最初に言うべきことがあるだろう? なんで言い訳から始まるんだ?」
私はショックでした。ベトナムの文化では、事実を正確に伝えることが「誠実さ」です。「私は悪くない。電車が悪かったのだ」と説明することは、嘘をつかない立派な態度だと思っていました。逆に、自分が悪くないのに謝ることは、プライドを捨てることや、嘘をつくことのように感じていたのです。
ここで、当時の私(ベトナム的思考)と店長(日本的思考)のズレを整理してみましょう。
| 場面 | ベトナム的な感覚 | 日本的な感覚 |
|---|---|---|
| 電車の遅延で遅刻 | 事実(遅延)を説明することが誠実 | 迷惑をかけたことへ謝るのが誠実 |
| 注意された時の態度 | 困惑して微笑む(Hiya) | 視線を落として反省を示す |
| 謝罪の優先順位 | 理由の説明 > 謝罪 | 謝罪 > 理由の説明 |
| 「すみません」の意味 | 重い過失への「Xin lỗi」 | 場の空気を整える「潤滑油」 |
さらに、私は無意識のうちに**「Hiya(ヒヤ)」**と呼ばれる行動をとっていました。これは東南アジアの方に多い、困惑や恥ずかしさを隠すための「微笑み」です。店長に怒られている最中、私はパニックになり、顔が引きつって笑ってしまったのです。
店長はそれを見て「反省していない!」とさらに怒りました。私の「誠実さ」は、日本の文脈では「不誠実」として変換されてしまっていたのです。
そんな絶望の中にいた私を救ってくれたのは、アルバイト先の先輩、佐藤さんでした。佐藤さんはいつも明るく、誰からも信頼されていました。
ある日、私は佐藤さんの働き方を観察していました。 お客様が重い荷物を持ってドアを開けようとしたとき、佐藤さんは走っていってドアを開けました。お客様が「あ、ありがとうございます」と言うと、佐藤さんはこう返したのです。
「いえいえ、すみません、気づくのが遅くなりまして!」
私は驚きました。佐藤さんは親切をした側なのに、なぜ謝ったのでしょうか? 休憩時間に思い切って聞いてみました。 「佐藤さん、さっきはどうして『すみません』と言ったんですか? 悪いことは何もしていないのに」
佐藤さんは優しく笑って教えてくれました。 「ああ、あれはね、謝っているんじゃなくて『あなたの手を煩わせて申し訳ない』とか『もっと早く助けたかった』っていう、相手への気遣いなんだよ。日本の『すみません』は、心と心を繋ぐためのクッションみたいなものかな」
その瞬間、私の頭の中で何かが音を立てて繋がりました。 日本の「すみません」は、ベトナム語の「Xin lỗi(謝罪)」だけではなく、「Cảm ơn(感謝)」や「Làm phiền(お邪魔します)」の意味も、すべて包み込んでいる魔法の包み紙だったのです。
ここで、私が学んだ「すみません」の活用例を挙げてみます。
このリストを見て気づくのは、すべて「相手の立場に立っている」ということです。 店長が私に求めていたのは、「遅れた事実の承認」ではなく、「他のスタッフが私の不在をカバーしてくれたことへの配慮」だったのです。
かつての私のように、一生懸命なのに損をしてしまう学習者のために、具体的な対比を紹介します。
上司:「このタスク、まだ終わってないの?」 部下:「はい、他の仕事が多くて、時間がなかったんです」 (上司の心の声:言い訳ばかりで反省していないな)
上司:「このタスク、まだ終わってないの?」 部下:「すみません、まだ終わっていません。 実は他の仕事との調整が難しく……」 (上司の心の声:状況は分かった。次からは早めに相談してほしいな)
一言目に「すみません」があるだけで、相手の心は開き、あなたの説明(理由)を「言い訳」ではなく「情報」として受け取ってくれるようになります。
あの雨の日から数年。今の私は、後輩のベトナム人留学生たちに「すみません」の使い方を教える立場になりました。
「すみません」は、自分のプライドを捨てるための言葉ではありません。 むしろ、「私はあなたのことを大切に思っています」「あなたの苦労を分かっています」というメッセージを届ける、最強の武器なのです。
完璧な敬語を使えるようになることよりも、相手の心に寄り添う一言の「すみません」が、あなたの日本での生活を何倍も豊かにしてくれます。
あなたの「すみません」が、誰かの心に届く優しい橋になりますように。

AIエンジニア/日本語教師